進捗バーは時間を語らない——体感時間と表示の心理
要点
- 進捗バーの役割は、所要時間の短縮ではなく不確実性の軽減にある。
- 研究では、進み方の演出によって同じ待ち時間でも体感が変わると報告されている。
- 終わりが近づくほど速く進む表示は、待機を短く感じさせやすい。
- 一方で、止まったように見えるバーは実際以上に長い待機として記憶される。
午後の検証室で、同じ十秒間を何度も眺めていた。画面の中央では細長いバーが左から右へ伸びていく。あるときは一定の速さで、あるときは終盤で急に加速して。所要時間はどれも十秒で固定してある。それでも、隣に座る被験者役の同僚は、加速するバーのほうを「短く感じる」と繰り返した。時計の上では、一秒も違わないはずなのに。
この奇妙なずれは、古くから設計者を悩ませてきた。ブラッド・マイヤーズは一九八五年の論文で、進捗を百分率で示す表示が利用者の満足度や安心感を高めると報告している。重要なのは、その効果が処理を実際に速くするからではない、という点だ。終わりが見えること、つまり不確実性が減ること自体が、待機の質を変える。
「どう進むか」が体感を左右する
演出の細部はさらに踏み込んだ検証の対象になってきた。クリス・ハリソンらは二〇〇七年の研究で、進捗バーの進み方のパターンを変えると、同じ総時間でも「速く感じる」「遅く感じる」が分かれることを示した。終盤に向けて加速する動き方が、体感的にはもっとも短く受け取られたという。逆向きに、途中で減速したり一時的に後戻りするような動きは、待機を長く感じさせた。
検証室で見た光景は、この報告となぞるように一致していた。加速するバーを見た同僚は、終わりが迫ってくる感覚を口にした。完了の予感が、最後の数秒を圧縮していたのだろう。スケルトンスクリーンが広く使われるのも、輪郭を先に見せて「もうすぐ形になる」という予感を作るためだと考えれば、根は同じところにある。
止まったバーの記憶
もっとも厄介なのは、止まって見えるバーだった。九割まで進んでから動かなくなる表示を見せると、被験者役は実際の待機時間を長く見積もる傾向があった。終わりが見えていたぶん、その停滞が裏切りのように作用したのかもしれない。一方で、最初から進捗を出さずに小さな回転だけを見せたほうが、かえって不満が少ない場面もあった。回転や点滅のリズムは、残り時間を約束しないぶん、止まったという印象も与えにくい。
では、加速する偽りの進捗を常に出すべきなのか。検証を重ねるほど、その答えには慎重になった。演出が露骨に実態とずれれば、利用者はやがて表示を信用しなくなる。九割で固まるバーへの不信は、まさにそうやって育つ。裏を返せば、体感を整える演出は、実際の処理を誠実に映していてこそ効く。
十秒は十秒のままだ。バーがどう動こうと、サーバーの処理が早く終わるわけではない。それでも、その十秒が利用者の内側でどんな長さに変換されるかは、表示の設計が握っている。進捗バーが扱っているのは時間ではなく、時間に対する不安のほうだ。検証室を出るころには、あの細長い帯が、残り時間の計器ではなく、待つ人の感情をなだめるための小さな装置に見えていた。
参考文献
- Brad A. Myers「The Importance of Percent-Done Progress Indicators for Computer-Human Interfaces」Proceedings of CHI ’85, ACM, 1985.
- Chris Harrison, Brian Amento, Stacey Kuznetsov, Robert Bell「Rethinking the Progress Bar」Proceedings of UIST ’07, ACM, 2007.